床屋から帰って梨で一杯、今日はちょっと長文で。
もう10年以上通っている床屋さん。顔ぞりの気持ちよさを考えると美容院より床屋さん。老夫婦が二人でやっている昔の自宅からほど近い小さいお店です。今回はおじいさん一人かと思ったらお客さんと話しこんでます。
お客さんが言うには「いつも仲良くしてるじいさんが気が触れておかしくなった。脚もむくんでパンパン、普段優しいのに意味不明な言葉で怒鳴ってきた」
床屋さんも「俺も昨日そのじいさんに電話したんだけど、ろれつが回ってなかった」
お客の自分が来たこともあって床屋さんは散髪を始めたのだが、こちらの髪を切りながらまだ話をしてる。「あのじいさん、人工透析が嫌になって先週病院抜け出したんだよ」ええ？人工透析やめてほっといたら腎臓で処理できない毒が体中に回っちゃっうんですよ、だから体がすごくむくむんです。その上意識がおかしい状態だったらかなり危ない状態だから救急車呼ばないとまずいんじゃないですかね？床屋さんとそういう話をしていたところにもう一人の馴染みのお客がやって来た。
長年の競馬仲間
床屋さんは「あんた、いつものあのじいさんがおかしくなったみたいだから、二人で見に行ってきてくれないか」
お客さん②「え、俺今から散髪して欲しいんだけど」
床屋さんは「あんたの順番はちゃんと確保しとくから、二人で行っておかしくなってたら救急車呼んでくれ」
さらにもう一人のお客さんがやって来たら、その人にも事情を説明して様子を見に行って欲しい、わかったら連絡してくれとお店の電話番号を教えて送り出した。
数分後、お店の電話が鳴って話し込む床屋さん。結果的には救急車を呼んで人工透析していた病院に送り戻したそうな。全員戻ってきて、ひとしきり話をしてみんな一安心。それから順番に何もなかったように普通に散髪をやっていく床屋さん。
ここまではまあありそうな話なんですが、これが面白いのは床屋さん以外、病院に送り返された人もお客さんも全員が顔はよく知ってるけど名前も連絡先もしらない間柄ということ。その共通点は何十年もいつもみんな大井競馬場で競馬を見てるという事だけ。それぞれ場所も決まっているそうで、あそこにいつも座っている人、あの柱あたりにいつもいる人、という関係だそうな。誰かが大当たりした時にはみんなで今半の弁当を食べたりするような仲良しでもある。でも名前も連絡先もお互い知らない。その日に競馬場で会って終わった後は競馬場で別れる。競馬場の仲間って得てしてそういうもんなんですよね。
そしてもう一つ面白いのは落語にもよくあるように、床屋というのは男の寄り合い場ということ。床屋さんは平日昼間も夜も仕事なので一切競馬場に行かないのに全員の名前を知っていて、みんな仲いいのも知っている。まさに床屋さんは街の情報屋さんです。「お兄ちゃんが救急車呼べって言ってくれなかったら、あの人死んでたよ」と言われたけど、いえいえ、みんな名前も知らない人達なのにお互い面倒みたり心配して見に行ったりする人情ある人達だから助かったんですよ。競馬と床屋が繋いだ命ってことです。